Diary


雑記



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11日の地震より早や2日が経とうとしてますが、みなさんご無事でしょうか。
地震被害に遭われた方には心よりお見舞いを申し上げます。


デェタおよびデェタの親類/知人にはとくにこれといった被害はないようでしたが、
遠隔地においても報道を見続けてて疲弊や心労を招くといった二次被害が頻出しているようです。
こういう時だからこそ、被災地以外の人は「”意識して”通常の生活を送る」ことが
大事なように思います。

遠隔地で悲嘆にくれてみたところで現地で不安に怯えている人の役にはたちません。
いつもどおりの生活を送りつつ、その上でプラスアルファ
「自分にできることは何かないか?」を探して実践するのが大事かと思います。


ただし一つ気をつけたいのは、我々のほとんどは災害に対して「素人」であるということです。
人を助けるにはそれなりの知識と訓練が必要になります。
素人たる我々が被災された方の役に立てることはあまりにも少ないことを客観的に自覚した上で、
それぞれができる範囲でやるべきと思ったことをやりましょう。




なにもできないからといって、自分の無力を嘆くことはありません。
邪魔にならないように道を開け、見通しを良くすること、つまり
「なにもしないこと」も一つの立派なできることです。

こと災害時においては、安全圏内に居る人たちもこぞって最新情報を手に入れようと
情報に群がる傾向があり、結果、トラフィックの急増によって混乱を招きがちです。
安全圏内にいる人間が我先に情報を取得しようとした結果、
本当にそれが必要な被災地の人々が必要な情報を取得できなくなる可能性があります。

情報が手に入らないことにイライラとして、その憤懣をまた発信してトラフィックを占領してみたり、
それと知らずデマを伝達してしまい、余計な混乱を来たす手助けをしてしまうこともままあります。
それらの必要のない情報が蔓延することで、「被災地の方が本当に必要としている情報が手に入らない」ことが
デェタが最も危惧している状況です。

遠隔地にあっても、得体の知れない不安につき動かされて
いち早く現場の情報を取得したいという気持ちはとてもよくわかります。
しかし、ある程度自分に必要な情報が取得できた時点で、最低限の情報経路のみを残して
「”あえて”情報を取得しない」、言い換えれば「”情報を取得しなければ”という”自分の不安”と戦う」、
つまり「あえてなにもしない」ということこそが、ひとつ安全圏にいる人間のできる手助けになるのでは、と
そう思います。
(上手く伝えられてるか自信がないので、「なにもしない」ということについて誤解があったらすみません)



情報は、伝送量という意味においては等価です。
情報の価値を判断するのは人間ですが、見る人の目にふれるまでは
生存に役立つ情報も、意味のわからない記号の羅列も、
怒声も、ただの感想も、嘆きや同情の声すらも量としては等価です。

であるならば、火急の際においては、生存に役立つ情報以外を発信しないということは、
それだけで生存に役立つ情報への見通しがよくなる、つまり現場の生存率が上がるということです。

いろいろな情報が飛び交って、間違った情報や不謹慎な発言に怒声を浴びせたいことがあるかもしれません。
あるいは自分が間違った情報を発信してしまって、言い訳のために何かを発信したいときがあるかもしれません。
(※間違った情報を訂正するために発信することは必要です。言い訳と混同されませぬよう)
それらの情報も、やはり量としては等価です。ぶっちゃけて言えば邪魔な情報です。
怒りの表明や自分の不備に対する言い訳は、火急が収まってからあとでいくらでもできます。
その意味では、火急の際は「情報の優先順位の判断」に加えて「寛容さ」がとても大事だと、そう思います。


また、受信についても同様です。
被災地では平常より電波が悪かったり(中継アンテナ等がダメになるので)、通信インフラが
途絶している場合が少なくありません。
そこに全国から通常以上の通信要求が入れば現地の人たちが情報を取得できる可能性は大幅に狭まります。
テレビやラジオはともかく、携帯端末やPCを用いたwebからの情報伝達経路は現状とてもひ弱です。
たとえば、安全圏からUStreamあたりで情報を受信することで、現地にいる
「本当にその情報を必要としている誰か」が情報を取得できないことがあるかもしれません。



自分の中にあとからあとから湧き出る不安な気持ちと戦って、
被災地の人たちの生存に繋がる情報以外を極力発信しない、あるいは受信の邪魔をしない。
この「なにもしない」をするように心がけるのは、遠隔地で何の役にも立てないと
無力にさいなまれる人たちができる、とても大きな「役に立てること」ではないかと個人的には思います。


ただ、過度の自粛をしないように気をつけましょう。
被災地でいま最も足りていないのは「平常」であり「元気」です。
周囲の非日常的な環境や「自分は被災者だ」という気持ちが余計に被災者の身体から元気を失わせます。

元気は伝播します。笑顔もそうです。
元気や笑顔から生まれる希望こそが、人の生存、生命力の励起にとって不可欠なものです。
励ましはおおいにやりましょう。




最後になりましたが、
Twitter上で被災地での生存に役立ちそうな情報を随時RTしています。
3月11日以降の各種情報を参照してください。(※Twitterアカウントを持ってなくても見れます)

 ▼デェタ (data966) on Twitter
  http://twitter.com/data966


いまも被災地では専門の救助訓練を受けた方が懸命に奮闘してくださってることと思います。
そして、自身も被災に遭ってなお周りの人のために尽力している方が大勢いらっしゃいます。
遠隔地にいる人間は、彼らを信じ、祈り、自分の不安と対決し、
その上で彼らの邪魔にならない範囲で「”本当に”彼らのためになることは何か?」を考えて
各自それを実践できればと思います。

ひとつでも多くの命が救われることを祈って。
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